2014/06/15

サッカーの楽しみ方とブラジルW杯 その1

外来種についてのドラフトも用意してあるのだけれど、今はワールドカップ。
それどころではない。

まずはコートジボワール戦について。






ザックジャパンのサッカーはこれまで全て(都合見れないものはロングダイジェストで)見てきたが、主導権をとって攻めるパスサッカーである。

スペインのように常に主導権を握ることはできないが、守備も攻撃もひらめきに頼らず、規律のなかでボールを奪い、規律の中でワンタッチでボールを運び、有利な状況でエリア内に人数を入れてゴールを奪う。
エリア内の動きはさすがに規律通り行かないが、たくさん入ることでひらめきが形になるのである。

エリア内に何人入るかは状況によって決められ、3人いかなければいけないときもあれば、2人の時もある。
こういうことはチームの約束事としてプレイヤーもベンチも共有している。

世界でも有数の攻撃的なスタイル故に失点も多いが、果たしてワールドカップでは、、、というのが一般的な見方だったし、僕もそうだった。




怖さで足が動かなくなるということ


さて、コートジボワール戦は1-2で敗戦したが、一言で言うとこれまで4年間積み上げてきたサッカーがまったくできなかった。

不十分だったのではなく、本当に全くできなかった。


ボクシング漫画で言えば、幕之内一歩が打ち合いを避けて、距離をとってカウンターを狙うボクシングをするくらい別のスタイルになってしまった。

強い雨のせいもあるが、ワールドカップの怖さ、だと思う。

僕は去年の10月に「8年前のジーコジャパンみたいになるかも」という記事を書いた。
それは年齢やコンディショニングから足が動かなくなる、ダイナミズムの低下、という内容だったが、今日の試合を見てメンタルがフットワークに及ぼす影響について強く考えさせられた。

ザックジャパンは上述したように、規律の中で守備も攻撃も連動で行う。
簡単にいえば、連動して前に移動して、ボールを奪ったり、ボールを運んだりする。

前に移動するので、後ろにスペースが空く。

ボールを奪われてそこを疲れるのが怖いのだ。

当たり前の話だが、日本人の場合、この連動して守って連動して攻めいる方が安全である。
選手もファンも理論的には分かっている。

が、怖くて前にダッシュするのを躊躇する場面が多く見られた。

パサーは、受け手がスペースにダッシュすることを前提にパスを出そうとするが、ダッシュしてくれないので出しどころがなく、そのうちに相手に囲まれて奪われてしまう。

味方がダッシュしない、つまり弱気であるとわかると、自分がダッシュしてもパスを出してくれないと思い、自分もダッシュが出来ない。

その雰囲気がチーム全体を覆い、誰もダッシュが出来ず、後ろに引いて守る形になってしまった。

後ろに引いた日本に対し、コートジボワールはサイドや後ろからボールを放り込む。


そうなるともう肉弾戦だ。
上から落ちてくるボールに速く触った方が勝ちだ。
小柄な日本人が、アフリカンに勝てるわけがないのだ。

試合後、選手たちの様子は疲労困憊というより、やりきれなかったという様子だった。
事実、ワールドカップなのに、だれも足を釣っていないのだ。

おそらくコンディション不良という記事が出てくるだろう。
暑さに負けたと書かれるかもしれないし、作戦ミスという記事もあるかもしれない。

しかしながら、本質は、自分たちのサッカーができなかったメンタルにあると僕は思う。
コンフェデ杯のブラジル戦がそうだったし、今にして思えば8年前の屈辱のオーストラリア戦もそうだったのではないか。

コンフェデ杯では、2戦目からは立て直し、結果的に負けたとはいえ、自分たちのサッカーでイタリアに対し数えきれないほどのシュートを浴びせた。
 ブッフォンが、あんなにシュートを打たれたことは記憶に無いと言っていた。

 そういう立て直しを期待する。

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